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2010.01.22

吉備路巡礼VOL.3

吉備路巡礼の旅は二日目。早朝に倉敷川畔の美観地区を見収めして車で北上。
午前中は高梁の中心地を通り過ぎてさらに山あいに入っていき、ベンガラ鉱山の
町並み吹屋を目指すことにします。

吹屋町並み3
現在は市町村合併で高梁市の一部として組み込まれている成羽町の吹屋地区。
高梁川の支流である成羽川を遡った海抜550mの山間部に位置しています。
高梁から車を走らせること約1時間ばかり。山奥の曲がりくねった、か細い道をバスは
ノロノロと往く。(私が最初に訪れた時はチャーターした大型バスが道を間違え、
傍らで畑仕事をされていた地元の人に「あんたら、こげなおっきい車でどこいくさ。
この先はイノシシくらいしか通らん細い道になるで~。」と教えられ、吹屋へ行きたいと
告げ、「うんじゃ、道がちがうさ~。」と親切に教えてもらい、なんとかたどり着けた。)
遠い遠い山の中へ来た感じです。もうちょっと行けば日本海。
そう、ここはもう山陽と山陰の境なのです。
吹屋町並み1吹屋町並み2








平安の昔から日本最古の銅山として知られ、その後もベンガラの唯一の
特産地として栄えた歴史をもつ吹屋の集落ですが、深い山間にこれほど
完成度の高い町並みがあったのかと思わせるほど、他の歴史的町並みに
無い印象的で独特な雰囲気の町並みが残っています。
ベンガラの朱と石州瓦の朱で一面染まった町の様子は、誰もが一瞬息を
のむほどの感銘を与えてくれるのです。淡い暖色系で統一された色合いは、
色彩の統一されたヨーロッパの町並みを彷彿させる静謐さが漂っています。
もちろん白漆喰や黒漆喰の壁も混在するのですが、同一の色合いの中で
明度や彩度のトーンの変化が町全体のカラーコーディネートとなり、
程よい統一感と一定の秩序を与えています。

妻入り町屋1
妻入り町屋2
妻入り町屋3

これらは妻入りの町家。町並みが一番、面となってよく残されているのが
吹屋の中心部になる中町で、これらはの写真は皆、中町地区の町家。
一番上の写真の奥に写っているのが中山家。吹屋の中でも現存する最も古い
住宅のひとつで、1700年代後半ころの建築といわれている。
300歳を超える長老のひとりだ。
一階両脇の戸袋や物入れがナマコ壁による塗り込めになっているのは
吹屋ではこの家だけ。(格式の高さを示しているのかな?)
二階のナマコ壁の七宝模様も華麗なのだ。(写真では判り辛いですが、
ぜひ、現地を訪れて確認してくださいませ!)
真ん中の写真は長尾有子家(本長尾・もとながお)で地元の有力者だった長尾家の
総本家で屋号を長尾屋といいます。ベンガラ豪商ですね。今は喫茶・楓という
お店としても使われ内部も一部見学できます。
そして一番下の写真は、中町の町並みの中でも代表格的な2軒。
手前が片山恵資家(角片山・かどかたやま)、現在は郷土館として利用されています。
奥が片山三平家(中片山・なかかたやま)で両家とも片山浅治郎家(本片山・
もとかたやま)の分家。片山家というのは屋号を胡屋といい、吹屋きっての
ベンガラ豪商なんですね。下の写真の一番上、奥に写っているのが、
その本家である本片山です。ここは平入り。通りに面して背の高い蔵があります。
蔵は白漆喰。高知の民家や蔵に見られるように壁が雨で傷まないように、
瓦による小庇が付いているのが特徴ですね。本家のほうは白漆喰ではなく
黒漆喰が塗られています。ナマコ壁がちょっと変わっていて、ドット柄。
これも写真じゃ判りませんね。ぜひぜひ、ご自身で行って自分の目で
お確かめください。
平入り町屋1平入り町屋2平入り町屋4
そのほかの平入りの町家の風情。どこの町並みでもそうかも知れませんが、
この吹屋の家々も平入りの家は慎ましやかで、妻入りの家は壮大に
構えているように感じられます。
真ん中の写真は中町の中心から少し外れたあたりの町並み。
通りに面した設えが随分と違いますね。これらのお宅は豪商では
なさそうです。でもいい味を出しています。
妻入り、平入りの町屋が織り交ざって並び、 石州瓦の赤褐色の甍の波が続くのが
吹屋の最大の特徴です。
吹屋の石州瓦は「塩田瓦」とよばれ、石見から瓦職人を招き、近郊でやかれていた
ようです。赤褐色の土と塩焼きにより紅い瓦ができるのですね。こうやって
壁や木部のベンガラの紅い色とあいまって、朱尽くしの町並みができたわけです。
職人は山陰から来ましたが、塩焼きの塩は山陰では産出しません。
塩の産地は瀬戸内。中国山地を挟んで人と物が交流していた図式が見えます。
吹屋が栄えた要因にはこうした交流が一役買ったとも言えそうです。

本片山

 

 



蔵側から見た本片山の外観




さて、吹屋の良いところは何と言ってもあまり観光地化されていないこと。
あまりの便の悪さ(失礼な言い方かもしれませんが、すいません)が幸運にも
生活感を残した町並みを継承しています。
ということは、お土産やとかお食事処が少ないということになる訳です。
お弁当持ちで行って、ゴミは持ち帰る。これが一番いいのですが、この旅では
「ラ・フォーレ吹屋」にお邪魔することにします。近くにある吹屋小学校の
校舎をモティーフにした建築で、食事・宿泊・会議などができる。
旅2日目の昼食は、ここで地元を旬の食材をふんだんに使った、
和牛ステーキやキジ鍋、カモ鍋などでお腹を満たすことにします。
また、吹屋は「田舎そば」と呼ばれる豆腐にニンジン、ゴボウ、シイタケ、ワラビ、
タケノコなどの山菜、鶏肉が入った具だくさんの名物そばがあります。
小腹がへった時はそちらもどうぞ。

下の写真はラ・フォーレではなく、本家本元の吹屋小学校。現在も
もちろん現役。

吹屋小外観
明治42年(1909年)建築の瀟洒な木造建築で、昨年100歳を迎えました。
左右対称の外観で1階に屋内運動場、2階に折上げ天井をもつ講堂があります。
外壁中央上部のハーフティンバー(日本語で言うところの真壁みたいなもの)の
壁や入口ポーチ周りの曲面の腕木など、優れた意匠をちりばめた明治の
学校建築の貴重な遺構です。

吹屋小講堂
前回、訪れた時はちょうど秋の大運動会(小学校の運動会と町内の運動会を
合同で、子どもも大人もいっしょに楽しんでおられました。)で少しばかり、その
様子も見学して、和ませてもらいました。

最後に吹屋見学で絶対に外せない建築の紹介!
広兼家全景
この外観をどこかで見たことがないでしょうか?
実は何度も映画などのロケ地として使われているのです。特に横溝正史の小説
「八墓村」が有名。渥美清さんや豊川悦司さんが金田一幸助に扮して登場しています。
民家というより、もう城郭という雰囲気ですね。建築も大きくて凄いのだけれど、
この石垣が圧巻です。オミゴト!
おっと、建物の名前を言うのを忘れていました。これは広兼邸。銅山とベンガラの原料と
なるローハの製造で巨万の富を築いたローハ豪商の屋敷です。
1810年の建築と言われ、水琴窟や石灯篭数基が置かれ狛犬まである庭も
大富豪してる。邸宅の向かいに建てられた天広神社は、広兼家の神社として
祀られていた。豪商を超えて神の領域まで近づいたのです。

広兼家アプローチ広兼家内部

 








ちなみに横溝正史は、岡山県真備町に昭和20年から23年当時疎開しており、
岡山を第二の故郷として愛していました。「八墓村」のほかにも「獄門島」や
「本陣殺人事件」など一連の作品には岡山が舞台のものが多く、これらのロケ地にも
吹屋はなっているとのこと。

吹屋町並み俯瞰
吹屋には広兼邸と同じくローハ豪商の西江家や谷本家など超ド級の建築がまだまだ
あります。他にも明治の頃のベンガラ工場の姿を復元したベンガラ館や吉岡銅山の
笹畝坑道など魅力的な見学先があります。時間が許せば回りたいところですが、
一泊二日の旅程はそれを許さず、昼食の後は最後の見学地・高梁まで戻ります。
午後は高梁市街地の武家屋敷の町並みを中心に見学して一路、関西まで帰る
事となります。

高梁の見学記は次回・吉備路巡礼の旅最終回で。

 

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