日本はその国土の実に70%近くが森林であり、縄文時代以降1万年以上の
長きにわたりその暮らしは森と共にあったと言って過言ではありません。
日本人の祖といえる縄文人は森の恵みに支えられ、森のささやきに耳を傾けて
行きぬいた森の民で、生きとし生けるものの命は、未来永劫の再生と循環を
くり返し成り立っているという思想をもっていました。
現代における日本人は戦後の急激な高度経済成長に伴い多くの自然環境を失い、
かつてもっていた自然を畏敬する心を捨て去ったようです。しかし連綿と受け継がれて
きた森と親しむことで形成された日本人のDNAは20世紀のたかだか100年
足らずの近代化くらいで変わり果てることなど本来無いはず。
そもそも日本の近代化を支えた産業技術を生み出し発展させた根源、その勤勉性、
忍耐、繊細な技術は全て土の温もりを知り、植物の匂いを感じ「農」の中で生きてきた
本質が成せたことであると思います。世界をリードできた工業の素に農業があるのだと
思うのです。「森の中の暮らし」というのは「農のある暮らし」と言ってもよいくらいです。
戦後復興からバブル経済を経て、あらゆるものを捨ててきた感のある日本人にとって、
最後の心の拠り所であり誇りは森の文化であり、その先にある農の精神以外には
無いのではないか。
夫婦ふたりで住む事を想定したこの家は、手着かずの大自然の中にある訳ではない。
昔から人間が生活を営んできたいわゆる里山の中に建つ。緩やかな北向き斜面の
雑木林の一角で生活道路からすこし北西に入った土地である。
車は玄関先で青空駐車。家の周辺はミズナラ、クヌギ、ブナ、ヤマザクラ、クリなど
高い雑木に囲まれ、手を加えて必要最小限の農地を耕している。いわゆる農園の
ような切り開いたスペースは作らず、自生している樹々はほとんど伐らずに剪定し
陽当たりよい場所をつくり、土を耕すことも最小限に留め雑草や下草とともに作物を
育てる自然農を目指しているのです。
砂岩を敷いた土間リビングは土足での使用では無いが軒内テラスと一連の
床仕上げとし、庭、さらには森まで伸びやかに繋げたいと考えています。
屋根は片流れの芝屋根。いずれはこぼれ種や鳥や虫が運んだ種子で地面と
同じような植生となるでしょう。壁は藁を混ぜた土壁。建具はすべて木製。
地下室と屋根裏部屋は夢想を育むと言ったのはフランスの哲学者であり詩人でもある
ガストン・バシュラールですが、この家はそのふたつを内包するひとつ屋根の下の
空間です。芝屋根の上には露台を設け、おおらかな平面の繋がりにたいし、
遊び心のある竪の繋がりをつくります。
何もかもが揃っている便利で快適な現代の住まいと定住を始めた縄文人の住まいは
同じ人間が暮らす場としては天と地の違いがあるでしょう。縄文人の暮らしを現代人が
することはナンセンスですが、せめて縄文の心、それは森の心であるがそんな精神性を抱いた暮らし様がいま必要とされるように思うのです。